
小貫諒
・1985年、相模原に生まれる。
・小学生の時、テレビでTHE YELLOW MONKEYを観て、強い衝撃を受ける。
・同時に、好んで観ていたアニメ「天空の城ラピュタ」「ふしぎの海のナディア」「新世紀エヴァンゲリオン」などの劇中歌にも影響を受ける。
・中学時代、友人とバンドを組む。当時のヒット・チャートに良く顔を出していたロック・バンドのインスト。担当はハーモニカ、フロントマン。卒業直前に
体育館でライブ。
・ほぼ同時期、もともとオタク気質の強かった同級生の四海鏡が、ディスク・ユニオンに通ってヴィジュアル系バンドや昭和歌謡やジャパメタやテクノポップ
など、今まで小貫が興味のなかった音楽を買い漁り始め、ほとんど無理矢理に聞かされる日々が始まる。
・高校入学、軽音部に入部。UKロックなどに興味を持つ。ベースを購入し、音楽の道を本格的に意識し始める。一方、四海鏡はパソコンを購入、オタク街道
を進み続ける。
・当時、既に市の音楽コンクールなどに多く入選していた滝澤俊輔に出会い、意気投合。四海鏡からは、多くの音楽を聞かされ続ける。
・文化祭のステージに、バンドのベーシストとして上がる。当時、高校生の間で流行っていた青春パンクなどのコピー・バンド。
・卒業直後に町田Actにて、高校の音楽仲間と合同ライブ。滝澤俊輔も参加。
・2005年1月、五人編成のバンド・赤飛馬を結成。ヴォーカルを担当。幾度かのライブと「Spoon」の音源化の後、解散。
・2006年7月、三人編成のバンド・simpleを結成。ヴォーカルとベースを担当。主に渋谷のライブハウスを中心に活動。「Hello」「サーチラ
イト」の音源化の後、解散。
・2007年11月、滝澤俊輔が牧野由依のシングル「synchronicity」の収録曲「アムリタ -弾き語り-」の編曲に参加。
・2008年1月、ソロとして活動開始。既に音楽活動を開始していた滝澤俊輔にライブでのサポートを、勉強もせず暇そうにしていた四海鏡にサイト制作な
どを依頼。
・同年2月、シングル「147」を完全自主制作。
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