
3pw
http://www.geocities.jp/net_3pw/
1997年 絶妙に湘南とも呼べない中途半端な街、地元神奈川県は平塚(人口約20万人)であるムーブメントが起きる。
それは中村公紀(以下中村)と鈴木秋則(現SPOOZYS 以下鈴木)で地元平塚で自宅録音レーベル『平塚レコード』(以下ひらレコ)を旗揚げする。
そのひらレコは『音楽』をキーワードに続々と変わり者が集まりに集って数々の作品(全てテープ音源)をリリースし地元平塚では軽く注目を集めてきた。
1999年、鈴木の方は赤羽奈津代(現 DT)とのユニット『センチメンタル☆バス』でオリコンにその名を轟かせスマッシュヒットを飛ばしたのを期に『ひらレコ』は注目を浴びる、かと思いきや
結局全く浴びず中村は様々なユニットやバンドに参加しながら地道に自宅録音スタイルで音源を作り上げていった。
2002年、ある意味中村キミノリのターニングポイントとも言うべき年、『GOBIES』(ゴービーズ)という名義で『愛』を前面に押し出した30曲入りの入魂作『GO
BACK』というアルバムを自身のレーベル『ひらつかレコード』(以下ひらレコ)から発表し、数少ないイベントやライブに出演し、そしてラジオパーソナ
リティー(FM盛岡 『Mr, PM ラヂオ』2002年10年〜2003年3月放送)としても精力的に活動をする(半年でお便り2通)。
その中村のアイデアの詰まったファンキーかつチープでファニーなサウンドは地元ではかなりフィーチャーされるが人気を集めない。
2003年、中村が所属していた自宅録音バンド『モゥリー』はaxex傘下の『泪橋』主催のコンベンションライブ等に参加するなど注目を集めるが 2004年活動休止。
そして中村は「自身で歌い、作品を作りつつ、ライブも多数こなしたい」という強い意志から2004年12月『GOBIES』改め、 『ネバーギブアップ』に改名し以前から交流のある音楽仲間3人を引き連れロックでヒップ、もっとファンキー&ファニーサウンド、そしてフォーキーかつダ
ンサブルなデモの作成に入る。
2005年初めにその『ネバーギブアップ』から現在の『スリーピーワンダー』(以下3pw)にいきなり改名し、さぁこれからという2006年春、ひらレコ立ちあげ当初から中村の音源には欠かす事のできなかった3pwのメンバーでもあるテクニシャンドラマー、ヤマモトヒロ(現
Kuh)が惜しくも脱退。変わりに3pwのエンジニアで参加していたシンドウ ゴウ(以下シンドウ)がドラムに急遽回り同年夏にはデモ音源がほぼ完成するとすぐさまその音源を無料配布しながらライブ(横浜を中心)に重点を置き始める。
当初3pwのライブは中村(vo,gt)、サクライショウジ(b)、シンドウ(dr)の3ピーススタイルで披露していたが、デモ音源ほぼ全曲に鍵盤が入ってる為、中村の意向により3pwメンバーであるタケウチカズヤ(prog、key)が同年10月のイベント『ひらレコ大運動会at渋谷LUSH』から半ば強制的に鍵盤でライブに参加することになる。
同年11月にはライブの拠点を横浜から下北沢に移し同年12月には以前から中村と交流のあったミシュクヨウタロウ(gt)がひょんな事から突然メンバーに加入し2007年現在の3pwに至るのであった。
2007年現在3pwは膨大な量の音源のストックがあるにも関わらず貪欲に自宅録音で音源をためているところである。そしてライブにおいてはパフォーマ
ンススキルの向上を目指し率先して様々なライブやイベントに参加していく予定(は未定だが…)。
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